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by 8823_nazo
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差別で売名

差別表現 ブロガーも問われる責任と人権感覚 [

なんだつまんない奴だな。
結局、ネットをネタに売名行為か。


今日は、かなりの量を引用しながら、落書き
 差別意識が向けられるのは「弱い」人たち。日本では被差別部落出身の人々や、さまざまな障害を持つ人、在日外国人、アイヌ民族、女性、老人、子どもなど。世界に目を向ければ、少数先住民族や黒人などが、いわれのない差別の対象になってきた。
ふーん。琉球民族は除外かよ。ふざけんな。
自称「弱い」って連中まで混ぜ込んじゃ話にならんだろ。
こういう「自称弱者」がどう謂れのない差別を受けたのか具体的に書いてもらわんと分からんぞ。
いつも多いのが、「自称弱者」が具体的にどうこうと言わずに差別を受けたんだ。と言い張る事なんだ。
普通の人は、この段階で辟易する。

オレ、女性の方が偉いと思ってるから優しいぜ。
友達の家に行く時は、嫁にはちゃんと土産だ。京セラの黒の俎板とかな。

子供?かわいいじゃないか。クズも居るが。
で、どう、差別されてんだ?



 出版やテレビ業界は、差別表現について、1960年代から人権団体の激しい糾弾を受けてきた。人権団体が番組や記事、広告などで差別表現を見つけると、責任者を呼んで糾弾会を開き、根底にある差別意識を厳しく問いただす。場合によっては謝罪広告を出したり、書籍や雑誌の場合は絶版になるなど、経営的にも痛手を受けることになる。

 糾弾の経験を経て学習したマスメディアでは、自主規制が進んだ。堀田さんが小学館在籍当時にいた部署も、自主規制の最前線。差別表現に関するレクチャーを開いたり、編集者からの差別表現に関する問い合わせに対応し、「なぜその言葉がダメなのか」を、納得するまで説明していたという。


で、こんな事やって、言葉狩りをやっちゃうから、筒井康隆が文章書かなくなったんだろが。
責任取りやがれってんだ。
糾弾会で、大阪府や奈良県の行政がどれだけ歪められたかは、語るつもりナシなんだな。
えーと、日本人を拉致した連中が「朝鮮民主主義人民共和国」と言えと怒鳴り込んできた事を言ってのんかな?
偉そうに言う前に、拉致した人を返せってんだ。
で、日和ったマスコミが現在のテイタラクを形成したんじゃねーか。


 堀田さんが心配するのは、そういった経験のない一般個人が、ブログなどを通じて、自由に情報発信するようになった現状だ。SNSの日記やケータイ小説、バナー広告の宣伝文句——ネットが広げた表現手段すべてに、差別表現の危険がひそむ。

 「テレビでも雑誌でもネットも同じ。表現者は、何が特定の人を傷つけるかに思いをはせ、表現するための知識を持たなくてはならない。それを全く意識せずに発信している人がいるとしたら、強い危ぐを感じる」
じゃ、この堀田って奴のセリフに戦々恐々としてしまったブロガーという人達は、堀田に差別されたって事なんだな。

 編集者が作家に差別表現を指摘し、修正を求めると、「言葉狩り」と反発したり、「表現の自由」を盾に修正に応じない人も多い。だが堀田さんは、井上ひさしさんの発言を引いて言う。


 「井上ひさしさんは『表現の自由はあくまで、権力に対する表現の自由。弱者に対しては、担保されていない』と指摘した。差別は人間を不幸にする。表現者は、差別とそれによる不幸を認識し、言葉による痛みを和らげる配慮を持つべきだ」



大阪府堺市の公務員一家によって、「ちびくろサンボ」という名作が闇に葬られたり、手塚治虫氏の漫画が修正や発売禁止にしたのも「差別意識」だな。


ほー、「権力に対する表現の自由」ですと。
井上ひさしとやらは、良い事言うねぇ。
解放同盟だとか、民団だとか総連からの権力から抑圧されずに表現できる自由は、確かに大事ですな。
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by 8823_nazo | 2008-06-10 02:11 | 重箱の隅っこ